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税理士さんも意外に知らない課税の不思議(1)
「建物の時価ってどう査定されるの?」カテゴリー:税制関連 2013年1月26日 記事番号:907
事業承継や事業清算の際の不動産の鑑定評価を行っていると、不思議な光景を目にします。
それは、少なくない数の税理士さんが「建物時価」についての査定根拠を正確にご理解頂いてないために、我々不動産鑑定士の考えをご理解頂けないという事態です。
今日はこのことについて判例に基づいてご説明させて頂きます。
(1)税務主体の考え方
国税が課税する場合、原則としては以下の査定額です。
土地:相続税路線価額
建物:固定資産税評価額
相続税路線価は、毎年1月1日現在の価格を国税が調査して公表します。
路線価は文字通り「道路路線についた価格」ですので、接面道路の状況や土地の形状や地勢等の個別的要因によって補正されて、各々の土地の価額が算定されます。
建物(家屋等)の固定資産税評価額は、市町村長の任命した固定資産税評価員が、当該建物が新たに登記された時(または調査が必要な時)に実地調査して、総務大臣によって定められた固定資産評価基準に則って査定して決定した額につき、毎年の暦年償却額を控除した額とすることが定められています。
例えば償却期間は木造家屋ならば35年、鉄骨造・鉄筋コンクリート造なら53年と法定償却期間が決まっていますので、最初に査定額が決まったら、例え維持管理が悪くて水漏れしても、課税標準額が振れることはないのです。
家屋の調査は市町村長の任命した評価員が実地調査に行って決めますが、通常は国税の資産担当者も同行します。だから市町村と国税は連携して家屋の固定資産税課税標準額(家屋台帳登録額)を決めているのです。
ここで気を付けなければいけないのは、固定資産税評価員が家屋の課税標準額を査定するのは、もっぱら「固定資産税徴収を目的とするため」です。その点を間違えてはいけません。
(2)相続、贈与における考え方相続や贈与においては相続税法22条に明記されている通り、『相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価』により把握すべしとされています。しかもこの時価は以前にも説明させて頂いたように
『時価とは、不特定多数の当事者で⾃由な取引が⾏われる場合に通常成⽴
すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値をいうもの』
という明確な定義がなされ、この言葉はどの判事も決まり文句として使います。
だからこそ「公正な市場に代替して客観的な交換価値を把握する」不動産鑑定評価によって求められた価額が『時価』として認められることになるのです。このように時価把握されるのは、土地だけではなく建物にも、もちろん建物およびその敷地にも適用される考え方です。すなわち、簿価や固定資産税評価額が幾らであろうが、市場における交換価値の毀損を証明する明確な理由があれば、正当な価額は不動産鑑定評価額という事になるのです。
ですから、相続や贈与が行われた際の課税標準額は「不動産鑑定評価額」とすることが裁判所にも認められたものなのです。
(原則)
土地:相続税路線価額建物:固定資産税評価額
(実際)
土地:不動産鑑定評価額
建物:不動産鑑定評価額なお、相続・贈与後の建物についての固定資産税の課税標準額は、重要な部分の滅失等による事実上の利用価値の毀損が無い限り、不動産鑑定評価額のいかんにかかわらず、被相続人・寄贈者が支払っていた固定資産税の課税標準額を引き継ぎます。この点に注意が必要です。
相続税や贈与税は国税であり、固定資産税は市町村税ですので、税務主体が異なれば齟齬が出るのは仕方がないのです。理由は後述します。
(3)譲渡における考え方
事業譲渡(M&A)や事業清算における会社資産の把握は『時価評価』が基本です。この時価についても当然のことながら『交換価値』であり、不動産鑑定評価額による価額という事になります。建物についても同様です。
ですから時価評価によって土地・建物等の不動産を譲受けた譲受人が、貸借対照表に記載する簿価は「譲受けた際に支払った額」なのであり、譲渡人が把握していた簿価は引き継ぎません。ですから譲渡所得等が生じた場合の所得税(法人ならば法人税)は譲渡金額に応じて課税されますので、所得税および法人税の課税主体である国税は譲渡金額について把握します。
もし低廉譲渡、すなわち「時価に比べて著しく低い額で譲渡」が行われた場合、時価との差額を「益(所得)」として認定し、これに課税することになります。実はこの時の時価の原則は以下の通りです。
(原則)
土地:相続税路線価額建物:固定資産税評価額
(実際)
土地:不動産鑑定評価額
建物:不動産鑑定評価額
すなわち原則の価額より低い価額で取引するのならば、低廉譲渡と認定されないように不動産鑑定評価によりその理由を証明する必要があるのです。もちろん、原則額より高い金額で取引する分には鑑定評価は必要ありません。
ここで気を付けなければいけないのは、やはり実際の取引金額が幾らであろうと、固定資産税評価額は変わりません。理由は相続・贈与と同じです。
(4)固定資産税評価額がなぜ変わらないのか
相続・贈与税や譲渡所得税等において、不動産の価額が時価評価の要請を受けることを説明しました。それはそれらが個別具体的な取引において生じるものであり、税務主体には各々の取引における個別具体的な事情を勘案すべきというのが裁判所の統一判断だからなんです。しかし固定資産税は違ってます。
もちろん不動産取得税や登録免許税にも関わります。固定資産税は市町村ができるだけ徴税コストを最小化して、徴税効率を上げることが社会的な要請となっていると裁判所は考えているようです。
最高裁平成18年7月7日判決(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060707160417.pdf)では『土地に対する固定資産税は,土地の資産価値に着目し,その所有という事実に担税力を認めて課する一種の財産税であって,個々の土地の収益性の有無にかかわらず,その所有者に対して課するものであるから,その課税標準とされている土地の価格である適正な時価とは,正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格,すなわち,客観的な交換価値をいうと解される』
と判示しています。この判決では土地だけを言及していますが、最高裁平成13年(行ヒ)第224号では「土地又は家屋の価格」としておりますので、建物についても同じように「客観的な交換価値」で把握されるとされています。
ではこの客観的な交換価値とはなんでしょうか?
本来は「客観的な交換価値」とは、まさに不動産鑑定士が使命として与えられた「公正な市場で成立するであろう市場価値を指摘した価格」である不動産鑑定評価額を言うのであり、相続・贈与や譲渡では裁判所がこれを支持してきたのです。
しかし固定資産税評価額だけは裁判所のいう事が違うのです。
裁判所の言う「客観的な交換価値」とは
「固定資産税路線価に基づく土地価格と固定資産税評価員が査定した家屋の価格」
なのだそうです。
多くの不動産鑑定士がこれまでにも裁判所に挑んできました。
しかし最終的には固定資産税評価における課税標準額だけは不動産鑑定評価額で更生させることが出来なかったというのが実態です。興味ある方は財団法人資産評価システム研究センターが編纂した「固定資産税制度に関する調査研究」をご覧になってください。不動産鑑定士が「市場の守護神」として裁判所と戦ってきた様子が克明に記載されています。
最高裁平成18年(行ヒ)第253号(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070119143514.pdf)のように、不動産鑑定士には到底受け入れられない様な判断を判示しており、なかなか手強いというか、全く勝てないようです。
裁判所は地方税である固定資産税については、「鑑定士さんよ、細かいことをいちいち言うなよ。いちいち個別要因を考えさせては徴税コストがかかってしかたないんだから、固定資産税は細かいこと言うなよ」というスタンスなんです。確かに課税標準額の最大で1.7%に過ぎず、しかも居住用や事業用不動産では大幅な減免措置を講じており、「大した額ではないんだから細かいこと言うな」は合理的ではあると思います。(5)結論
以上、説明しましたように、相続・贈与税や譲渡所得税とは税率が異なる固定資産税については、不動産の事情や個別性は考えてはいけない、というのが判例です。ただし固定資産税評価員も人の子ですから間違う事があります。例えば滅失した家屋にずっと課税していたなんて話はたくさん聞きますし、課税対象の地積を間違っていたという話もあります。
そうした「明らかな誤り」以外は、更生される余地はないと考えて良いと思われます。
しかしだからと言って、相続・贈与税や譲渡所得税の課税標準額が不動産鑑定士の鑑定評価額が無力であると言う少なくない税理士さんの考えは誤っています。
そして土地だけでなく建物についても時価評価は裁判所が認める不動産鑑定士の所掌事項なのです。
この点をご理解頂ければ幸いです。
※写真はイタリア・アッシジの聖フランチェスコ大聖堂です。
この日のアッシジの街は前日から濃い霧に包まれていました。
このため聖フランチェスコ大聖堂も霧に包まれてボヤっとしてたんです。
でも昼から晴れて風が吹き、霧は全て吹き飛ばされてしまいました。
小職の解説で皆さんの固定資産税のもやもやが晴れて頂けたら幸いです。 -
不動産相続の留意点(3) 「同居の判断と内階段」
カテゴリー:相続関連 2013年1月19日 記事番号:903
Aさんは御主人を5年前に亡くされて、今は一人息子の長男夫婦と一緒に住んでます。
今の家は15年前に建替えたもので、Aさんのご主人名義の土地にあった前の家を取壊し、賃貸住宅で暮らしていた長男夫婦を呼んで二世帯住宅として建替えたものです。建物はご主人と息子が建築費を出しあって、1階はご主人名義、二階は息子名義で登記されていました。今の家を建てるとき、Aさんは長男のお嫁さんに遠慮して、「完全に二世帯を分離した家を建てましょう。」と提案され、長男夫婦は二階に、Aさん夫婦は一階に住むことにして、二階は専用の外階段を設け、門も玄関も一階と二階とで各々独立専用したものとしました。
Aさんのご主人は5年前(平成19年)に亡くなり、相続が発生しました。Aさんのおうちの敷地は66坪(約220㎡)あり、小田急線の東北沢から徒歩10分ほどの閑静な住宅地にあったため、敷地の相続税課税標準額は1億円を超えていました。
しかしこの時は「租税特別措置法第69条の4《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》」により、課税標準額の80%減額が適用され、実際の査定額は約2000万円ほどになりました。Aさんのご主人は株式投資を多くされており、保有株の残高が1億円を超えていたため、自宅敷地を含めた総相続財産が1億4千万円ほどになっていました。
総相続財産の中で現預金が殆どなかったため、Aさんは「相続税法19条の2(配偶者の相続税の軽減)」による配偶者の1億6千万円までの基礎控除を利用することにしました。このためご主人の相続の際には相続税は払う必要がありませんでした。敷地は全てAさんが相続して、登記もAさん名義に変更しました。ご主人の相続後には保有株式を少しずつ工夫して息子や嫁や孫達の名義に変えていき、相続対策を行ってきました。
Aさんは平成24年に亡くなりました。
この時の相続財産は、Aさんが単独相続した敷地と、生前贈与し切れなかった株式等(時価4000万円)でした。そこで息子さんは5年前と同じように、敷地については「小規模宅地の特例」を前提とした80%控除の計算をして納税申告しました。路線価が平成19年当時から下がっていたので、敷地の課税標準額は9000万円でしたが、80%減額で1800万円になると考え、株式等と合わせた総相続額は5800万円であるとして、基礎控除(5000万円+1000万円×法定相続人数)の6000万円以下なので非課税であると申告したのです。
しばらくしてから国税庁から「過少申告の更生」指示の連絡が来ました。内容は以下の通り。
・今回の申告で適用を申請されている措置法69条の4は適用できない。
・80%控除は適用されないので、相続額は1億3千万円であり、基礎控除を
除く課税対象額は7000万円である。
・課税対象額7000万円の30%(700万円は控除)の1400万円と延滞税を
指定期日までに支払いなさい。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。それは措置法69条の4の適用要件の厳格適用が平成22年4月1日から行われるようになったからなんです。
<措置法69条の4>
個人が、相続又は遺贈により取得した財産のうち、その相続の開始の直前
において被相続人等の事業の用に供されていた宅地等又は被相続人等の
居住の用に供されていた宅地等のうち、一定の選択をしたもので限度面積
までの部分(以下「小規模宅地等」といいます。)については、相続税の課税
価格に算入すべき価額の計算上、一定の割合を減額します。この特例を小
規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例といいます。
ここで被相続人等とは、被相続人又は被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族をいいますが、平成22年4月1日からこの「被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族」の要件が厳格適用されるようになったのです。Aさんは良かれと思って完全分離の二世帯住宅を建てましたが、そのために息子さんは「生計を一とする被相続人の親族」ではなくなってしまっていたのです。そのため小規模宅地の軽減特例を受けることが出来なくなってしまっていたのです。
さて、この話は近所に広まり、同様の規模、年齢層の二世帯住宅居住者達は大騒ぎし始めました。Bさんはご主人を4年前に亡くして、Aさんと同じように息子家族と完全分離の二世帯住宅に住んでました。Bさんは病みがちで入退院を繰り返しており、Bさんの息子さんはAさんの話を聞いて「こりゃ大変だ、何とかしなければ」と思うようになりました。色々調べていたら、東洋経済誌の7月号に「内階段を作れば大丈夫」という記事が出ていました。そこで早速建築士に見て貰って内階段を追加できないか相談しました。
建築士は「元々の設計で内階段を考慮した作りになっていないので、内階段を作るためにはどこかの部屋をつぶす必要がある」ということでした。Bさんの息子さんはBさん亡き後には1階を賃貸で貸して家賃収入を得ようと密かに考えていました。そのため「部屋を潰す様な大がかりな工事はしたくない。それに相続が終わったら内階段なんて取っ払ってしまわないといけない」と考えて、知り合いの工務店に相談した結果、写真のような上下開閉式の階段を居室の一部に取り付けて、税務署に「内階段はある」と主張することに決めました。療養の甲斐なく、Bさんは亡くなり、Bさんの息子さんはもくろみ通り「内階段によって同居親族であることが主張できる」と考えて、小規模宅地の軽減特例を前提に相続税申告しました。
思ったより早く税務調査が入り、なんということでしょうか、
税務署に「同居」を否認されてしまい、軽減特例適用が出来ないと言われてしまったのです。
税務署の見解は「被相続人と生計を一にしている同居の親族」とは、日常的に生活の場を共有していることが要件である、という事でした。少なくとも食事を一緒にするなどの共同生活の体がなされてないと同居の親族とは言えず、外形的には「容易に行き来できる屋内の通路を存している」ことが必要であるという判断でした。
このため、Bさんの息子さんが慌てて取り付けたような開閉式の階段は、外形的には梯子であって日常的に行き来する通路ではない、という判断をされてしまったのです。
相続にはいろいろな知識が必要です。
特に不動産の関わる相続については、税理士だけでなく不動産の専門家の判断や助言が重要となります。不動産鑑定士は相続税路線価を決める役割も担っておりますが、「不動産相続の留意点(2)」で説明しましたように、個別の不動産の価格については、都度、不動産鑑定士による鑑定評価を行うことで、間違いのない、損をしない相続が可能となるのです。 -
高ければ高い?
カテゴリー:面白不動産 2013年1月12日 記事番号:902
不動産の価格というものは「価格の三面性」を反映して定まると考えられています。すなわち①原価性、②市場性、③収益性の三面性です。
不動産に限らず、一般に財の価格は以下の観点で定まると考えられています。
①その財を取得、製造、再調達するために要する費用がどれほどか(原価性)。
②市場においてどれほどの価格で取引されるものか(市場性)。
③その財によりどれほどの効用(収益)を得ることができるか(収益性)。
代替性がある財であるならば、本来的にはこれらは同一の経済価値に収れんすると考えられますが、希少性があるものではこの三面性のうちで時に重視される観点に軽重つく場合があります。
例えば田園調布の邸宅などは「収益性」の観点ではとても説明が出来ない価格で取引が成立しています。買いたい人が「収益性」を重視していないからです。
通常、居住用の不動産は「居住性、利便性、快適性、安全性」などが重視されます。例えば利便性では駅や商店街に近い、快適性では眺望や日照・通風・乾湿に優れているとかいった点が重視されます。だからタワーマンション等では上層階ほど快適性が高いので価格が高くなる傾向があります。
すなわち「高層階ほど価格が高い」のがタワーマンションの特徴です。
それは分かります。
ではこの写真の建物はどうでしょう?
ここでは面白い不動産を紹介したいと思います。
写真はイタリア・トスカーナ地方にあるサンジミニャーノという町です。
この町には不思議な「塔」が幾つもあるのです。
この町には幾つも高い塔がありますが、その中でも最も高い塔がこのトーレ・グロッサ塔なんです。
高さはなんと52m!
およそ18-19階建てのマンションの高さです。
この塔はなんのために建設されたと思いますか?
まずは塔の中に入ってみましょう。
全ての塔は、このように壁に沿ってらせん状の階段を設けています。
つまり塔内の空間は「塔の上に上るための階段空間」だけなんです!!
通常、高層建築は何かの建物利用を目的として建設しますよね。
しかしイタリアではこれらの塔は「高い所に上るため」のみを目的として建設されているのです!!
それは何を意味するか????
この写真はサンジミニャーノの街で一番高い塔であるトーレ・グロッサ塔の頂上から見たものです。一番高い塔ですから、「街で一番高い位置」に上っているんですよね。他の塔を「全て見下ろせる」んです。
もうお分かりになりましたよね。
「自分が一番になれば、他を見下ろせるから」が、こうした高層塔建設の唯一の動機なんです。すなわち
「高さが高い = ステータスが高い」
ということなんですよ。
こうなるとこの塔の価格を決める要因は何でしょう。
収益性は無関係ですよね。今は多少入場料は取ってますが、日々の修繕費にはとても満たない額ですから収益性は皆無です。
市場性は通常は居住用ならば上記のように「居住性や快適性」等が重視されますが、建物自体、屋上というか頂上からの眺望を眺める以外の機能がありませんから、市場性も希薄な気がします。
だとすれば、この建物価格は「原価性」すなわち再建築するために要する費用という観点から市場参加者に把握されるものと考えられます。
このように一口に不動産の価格と言っても、用途によって価格三面性が均等にひょうかされるわけではなく、用途によってはある特定の面だけが重視されて価格が決まると言ったものがあるんですね。
もちろん、東京タワーやスカイツリーも一緒です。
間違いなく重視されるのは「原価性」だけでしょう(笑)
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不動産相続の留意点(2) 「不整形地には気をつけて」
カテゴリー:相続関連 2013年1月8日 記事番号:900
相続不動産が長方形や正方形で、幅員4m以上の道路に等高に十分な間口で面しているのならば、何も悩む必要はありません。特に50坪~60坪の宅地で自宅の敷地として利用しているのならば、「居住用小規模宅地の特例」適用要件さえ気を付けていれば、おそらく不動産鑑定士が腕を発揮する機会は少ないと思います。
と言いますのも、
そうした整形で道路付きの良い宅地は、
通常は減価要因が無くて税務主体と争う余地が少ないからです。
しかし、不整形地では話が違います。
不整形地の場合は減価度合いに個別性が強く、
不動産鑑定評価に依る価格と、税務主体の査定する価格に、
差異が生ずる場合が多くなるのです。
ここで気を付けなければならないのは「不動産鑑定評価」とは何かと言う点です。
国土交通省が定める"不動産鑑定評価基準"では
「不動産の鑑定評価とは、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格を、不動産鑑定士が的確に把握する作業」とされています。
「市場価値」というのがキーワードです。
すなわち不整形地が市場でどのように評価され、取引額にどのように反映されているかを実証的に調査し、的確に判断した価格を示すことが重要なわけです。
実例を示してご説明しましょう。
写真は不整形地に分割分譲された事例を示します。
元々は間口1×奥行2の長方形で80坪弱の宅地でしたが、これを戸建開発業者が不整形地2区画と整形地1区画の3画地に分筆し、建売と宅地分譲したものです。
不整形地には木造二階建てが建ち、整形地には木造三階建てが建築中です。
この整形地(4-6)と不整形地(4-19、4-20)とでどの程度の価格差が出ると思いますか?
(1)市場での取引事例
この事例の場合の実際の取引額を以下に示します。
事例地(4-6) 550,000円/㎡(間口7m、奥行11m)
事例地(4-20) 360,000円/㎡(間口2.5m、奥行22m)
すなわち不整形による減価割合は以下の通りです。
1-360000/550000≒0.35
市場ではこのような不整形地では整形地に比べて35%も低い額でしか売れていないことがわかります。
(2)税務主体による査定の場合
土地に対する相続税の課税標準額を査定する方法は、「財産評価基本通達」に定められた全国統一基準による査定になります。地域性の反映の一切ない、日本どこでも同じ査定式での計算によって、路線価に対する補正計算による課税標準額が計算されることになります。
http://www.gyosei.co.jp/home/pickup/3180019/zeiroku_tsutatsu/a00za27601.html
計算方法は単純です。
正面路線価に地積を乗じて、以下の補正を行うものです。
①側方路線価加算
②間口狭小補正
③不整形地補正(奥行補正または影地補正)
④無道路地補正
⑤崖地補正
⑥容積率補正
⑦私道負担率補正
この事例の場合、事例地(4-6)は整形ですので補正なしですから、ここが基準になります。事例地(4-20)が不整形地ですので、この補正が問題となるわけです。
事例地は中間画地、前面に舗装区道(幅員4.2m)、用途地域は準工業地域、容積率300%、建ぺい率60%の防火地域です。このため①④⑤⑥⑦は無関係で、②と③だけが関与します。
間口は4m未満なので前記通達の付表6より 補正率は0.90です。
不整形地補正は奥行長大か影地割合のいずれか有利な方とされています。
奥行長大補正(付表1)では1.00
影地割合補正(付表5)では0.94 ←こちらを採用
よって補正率は以下の計算で求められます。
1-0.90×0.94≒0.15
すなわち本事例地の場合、税務主体による査定では、不整形地は整形地に比べて15%しか安くならないのです。
(3)差異発生の原因
どうしてこのように差異が出ると思いますか?
それは単純に言えば「財産評価基本通達」が一律の査定しかできず、不動産の地域性や個別性を加味していないからなのです。
具体的にこの事例について説明します。
まず整形地(4-6)と不整形地(4-20)において、路地状部分を除く敷地の間口は、各々7mと6mで、不整形地の方が間口が狭いために建物間取りの制約が多くなりますが、それだけではこの価格差は説明できません。
一番の問題は、この地域は指定容積率が300%で、前面道路幅員の制約による基準容積率は252%です。この容積率ならば準耐火建築による三階建てが可能ですが、不整形地では現実的には三階建てが困難です。
三階建てでは建築基準法施行令第126条6の「進入口の確保」が必要です。間口4m以上の接道があればベランダ等で代替進入口として建築確認を受けることができますが、幅員2.5mの路地状敷地では火災時に消防員が進入できる幅75cm以上の進入口を道路から見える位置に設置する必要があり、設計上の制約(専ら費用的な面が多いですが)となって、実際的には三階建てが困難になってしまうのです。
せっかくの指定容積率を活かしきれない、それがこの不整形地における大きな減価要因だと考えられます。
(4)不動産鑑定士の役割
以上に示しましたように、税務主体の査定と市場評価が異なっている実態があるとき、それを税務主体に対して実証的に論証して「正しい評価額」を指し示すことができるのが不動産鑑定士による鑑定評価なのです。
色々な減価要因に対して、各地域でその価格への影響度合いというのは異なります。上記のような都市計画の指定状況によっても異なります。
繰り返しになりますが、財産評価基本通達は全国一律の計算式による査定なのです。個別性を十分に反映したものとは言えません。特に個別性の強い不整形地等に関しては一律査定では相続人に不利な査定がなされてしまう場合が多いと考えられます。
そうした不利な査定を是正し、正しい市場価値に基づく課税がなされるように、不動産鑑定士の鑑定評価が必要となると考えます。