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冠水リスクの評価について
カテゴリー:市場分析 2019年10月14日 記事番号:956
不動産鑑定では、ハザードマップに基づく危険度合いだけではなく、実際の河川氾濫履歴や集中豪雨時の冠水履歴等を調査して、少なくとも「冠水のリスクがある」ことを指摘する。価格に反映させるかどうかは、確かに500年に一度の大豪雨という前提条件では、鎌倉や逗子などの太平洋側都市の津波被害を価格に反映させない(※)のと同じ理由で「市場参加者が発生リスクを価格に織り込んでいるかどうか」で判断することになる。※2011年の東日本大震災後に鎌倉や逗子、金沢八景まで海岸沿いの宅地が価格低下したが、すぐに元の水準に戻ったことが記憶に新しい。今回の溝ノ口の冠水事例では、多摩川に流入する平瀬川が「多摩川水位上昇によって平瀬川の水が多摩川に流入できなくなった」ことが原因であると推察されている。どういうことかと言えば、国土地理院では全国の地図を管理し、公開している。WEB上で断面図まで取得することができる。今回の冠水が生じた地点の断面図をみてみたところ、やはりそういうことであった。図の北側に平瀬川があり、「+」マークの地点が冠水したマンションである。マンションの南側にはテレビクルーたちが待機していた土手がある。断面図は平瀬川の中央から土手までを調べた結果を示している。始点の平瀬川中央は「川底」の標高が11.0mである。平瀬川の堤防は13mまで積まれていた。堤防を越えた地域にマンションがあるが、その地域の標高は最下部のマンション敷地分で10.8mであった。すなわり平瀬川の川底より低い標高にある。もし、平瀬川の水が堤防を越えて氾濫すれば、当然にこの最も標高の低い地域に氾濫水が流入し、冠水状態になる。では平瀬川がどうして氾濫したか。
当時は多摩川が氾濫寸前まで水位が上昇していた。
多摩川の土手の標高と平瀬川の土手の標高のどちらが高いか、そこが問題となる。そこで多摩川を始点として対象地まで断面図を引いてみた。するとやはり予想通りの状況になっていることが判る。
始点は多摩川の河川敷の位置を取った。多摩川の一番深い部分(通常、水が流れている地点)は標高7.0m程度である。河川敷はそれより3mほど高い位置になるので、通常の雨では河川敷が冠水することはない。
しかし今回の豪雨で多摩川の堤防の際まで水位が上がっていた。堤防の高さは図に示すように16.4mである。ここまで水位が上ったら「多摩川が氾濫」ということになったであろう。堤防の手前で一段土盛りがあり、この高さが13m程度になっている。この土盛りで通常は水が止められる。堤防は最後の砦である。
今回の豪雨の際には堤防まで水が来ていた。つまり土盛りまで冠水していたので、その時の水位は13mを超えていた。これに対して、多摩川に流入する平瀬川の堤防は13m高に過ぎない。多摩川の堤防まで水が来たら、堤防高の低い支流である平瀬川が先に溢れるのは当然である。
平瀬川の堤防高は標高13mに過ぎない。つまり多摩川の水が堤防に達するまで水位が上がれば、平瀬川の堤防高を超えることになる。多摩川の堤防高は16m以上あるので多摩川の水は溢れないが、多摩川に流入する支流が先に溢れるのである。
こうした事象は考えていれば当たり前である。
治水に関する土木計画で、本流の堤防高を嵩上げしたら、支流の堤防も同じだけ嵩上げしなければ意味がないのである。
今回の豪雨において、地方では堤防決壊が生じたが、首都圏では幸いな事に堤防決壊までは生じなかった。しかし溝ノ口周辺および対岸の二子玉川地区での冠水は、このような支流があふれることで生じた可能性が高いと推察される。
不動産鑑定評価ではおそらくこの地域の価格を減価することはないだろうと思われる。不動産鑑定評価は「市場参加者の視点」を一番に重視するので、おそらく1-2年も経てば忘れられてしまうような冠水事象は価格形成要因にはならない。
しかし専門職業家は「リスクを指摘すること」を求められる職業である。このため、常に河川の氾濫リスクについては、ハザードマップだけではなく、このような標高によるピンポイントのリスク指摘まで行うことが求められていると考える。